なぜユーザーは離れる?エモーショナルデザインで心を掴むUI/UX改善術【ドン・ノーマン3原則・4実践領域】

「機能的には問題ないのに、なんだかユーザーの反応がいまひとつ…」

UI/UXの改善に取り組んでいると、こんな壁にぶつかることがあります。ボタンの配置も導線設計も最適化した。レスポンスも速い。なのに離脱率が下がらない、リピート率が伸びない——。

実は、ユーザーがサイトの魅力を判断するのはわずか約50ミリ秒と報告されており(参考:Google Research via Noble Studios 「Don’t Let Your Website’s First Impression Be Its Last」|2026|約50ミリ秒でウェブサイトの魅力を判断)、別の調査ではサイトの信頼性の75%がデザインに影響されるとも指摘されています(参考:Hostinger 「28 essential web design statistics for 2026: Key trends and insights」|2026|良好なデザインがサイトの信頼性に75%影響し、第一印象に94%影響)。この一瞬で「好き」「心地よい」という感情が芽生えなければ、どれだけ機能が優れていても選ばれ続けることは難しいのです。

当編集部では、世界的エンタメ企業で35年間にわたりブランドビジネスの最前線で活躍してきた専門家の知見をもとに、ブランディングとマーケティングの本質を探求してきました。その中で見えてきたのは、「使いやすさ」の先にある「感情体験の設計」こそが、現代のUI/UXにおける差別化の源泉だということです。

本記事では、ドン・ノーマンが提唱した「本能・行動・反省」の3つのレベルを軸に、エモーショナルデザインの理論と実践を体系的に解説します。マイクロインタラクション、空状態(Empty State)、エラーメッセージ、ローディング体験という4つの実装領域を具体的に掘り下げ、明日から使える改善ポイントをお伝えしていきます。

まずは概念の全体像を掴むため、エモーショナルブランディングの基礎について解説した「感情で選ばれるブランドへ:エモーショナルブランディングの基本と実践法」からご覧いただくことをお勧めします。

目次

感情の解像度を高める「プルチックの感情の輪」

エモーショナルデザインにおいて「どんな感情を目指すか」という目標設定は、UI設計の方向性を定める羅針盤となります。しかし、「楽しい」「安心」といった漠然とした感情では、具体的なデザインへの落とし込みが難しい場合があります。

そこで役立つのが、心理学者のロバート・プルチックが提唱した「感情の輪」です。これは、8つの基本感情(喜び、信頼、恐れ、驚き、悲しみ、嫌悪、怒り、期待)を核に、それらが混ざり合ったり、強度が変化したりすることで生まれる多様な感情を視覚的に表現したモデルです。

このフレームワークを感情設計に応用することで、以下のようなメリットがあります。

  • 感情の具体化
    例えば、金融アプリで目指す「安心」は、「信頼」と「期待」が組み合わさって生まれる感情かもしれません。ECサイトの限定セールで喚起したいのは、「喜び」と「期待」が混ざった「興奮」かもしれません。
  • デザイン要素への変換
    狙うべき感情を具体的に定義することで、UIの色彩、アニメーションの速度、コピーのトーンなどをより的確に選択できます。喜びには明るい色彩と動きのあるアニメーション、信頼には落ち着いた青系統と安定したレイアウト、といった具合です。
  • 感情の一貫性
    サービス全体で一貫した感情体験を提供するために、主要な感情とその周辺にある感情をマッピングし、ブランドパーソナリティと照らし合わせながら設計できます。

プルチックの感情の輪を活用することで、感情設計の解像度を高め、より戦略的かつ効果的なUI/UXの実現が可能になります。

エモーショナルデザインとは

1-1 定義と歴史

エモーショナルデザインとは、ユーザーの感情に訴えかけ、ポジティブな体験を生み出すデザインアプローチです。

この概念を体系化したのが、認知科学者のドン・ノーマン(Don Norman)でした。2004年に出版された『Emotional Design』で、彼は製品やサービスが人々の感情に与える影響について深く掘り下げ、次のように述べています(参考:Nielsen Norman Group 「Emotional Design: Why We Love (Or Hate) Everyday Things」|2026|書籍『Emotional Design』の概要と3レベルの定義)。

Emotional Design articulates the profound influence of the feelings that objects evoke.
(エモーショナルデザインは、物が喚起する感情の深い影響を明確にする)

従来のデザインでは「使いやすさ(Usability)」が最優先でした。もちろん、使いにくい製品は論外です。しかしノーマンは、使いやすさだけでは人の心を動かせないと指摘しました。美しさ、楽しさ、安心感——こうした感情的な要素が、製品への愛着と継続利用を生み出すというのです。

これは19年間WEBマーケティングの現場にいる私自身も、痛感していることです。クライアントのサイト改善で、機能面は完璧なのにコンバージョンが伸び悩むケースを何度も見てきました。分析を重ねると、「なんとなく冷たい印象」「使っていて楽しくない」といった感情面の課題が浮かび上がってくるのです。

1-2 なぜ今必要か(ユーザビリティの先へ)

「使いやすい」は、もはや当たり前の時代になりました。

スマートフォンの普及により、ユーザーは毎日何十ものアプリやサイトに触れています。その中で、機能的に同等のサービスが溢れている。だからこそ、差別化の軸が「感情体験」にシフトしているのです。

ブランディングの基本理論では、顧客に提供する価値を3つの層で捉えます。

  1. 機能的価値:製品やサービスが「何をできるか」
  2. 情緒的価値:使用時に「どう感じるか」
  3. 自己表現的価値:使うことで「どんな自分になれるか」

エモーショナルデザインは、この2番目と3番目の層に直接働きかけるアプローチといえます。

例えば、あるタスク管理アプリを考えてみましょう。機能的には「タスクを登録・完了できる」ことが基本です。しかし、タスク完了時に心地よいアニメーションが流れ、達成感を演出してくれたらどうでしょう。さらに、連続達成でバッジがもらえ、「自分は計画的な人間だ」という自己イメージを強化してくれたら——。

「好き」から「愛着」へ、そして「手放せない」へ。この段階的な感情の深まりが、解約抑止や推奨行動(クチコミ)につながっていきます。

エモーショナルブランディングの詳しい考え方は「感情で選ばれるブランドへ:エモーショナルブランディングの基本と実践法」で解説しています。

ドン・ノーマンの3つのレベル×UI設計

ドン・ノーマンは、人間の感情反応を3つのレベルで説明しています。これをUI設計に翻訳すると、非常に実践的な指針が見えてきます。

2-1 本能レベル(Visceral):第一印象が決める

本能レベル
本能レベルは、外観に対する瞬間的・本能的な反応です。「見た瞬間に好きか嫌いか」を判断する、最も原始的な感情の層といえます。

人間は視覚情報を極めて高速に処理します。複数の業界資料によれば、ユーザーがサイトの魅力を判断するのに要する時間はわずか約50ミリ秒程度と報告されています。この一瞬で「Visual Complexity(視覚的複雑度)」と「Prototypicality(典型性)」が評価され、エンゲージメントの方向性が決まってしまうのです(参考:Google Research via Noble Studios 「Don’t Let Your Website’s First Impression Be Its Last」|2026|視覚的複雑度と典型性が第一印象の重要因子)。

UIにおける本能レベルの要素

色彩

色の選択は感情に直結します。学術研究によれば、特に高明度かつ高彩度の色は「喜び(happy)」の感情と強く結びつく傾向が示されています(参考:Frontiers in Psychology 「Text-to-image models reveal specific color-emotion associations」|2025|高明度・高彩度は「happy」と関連し、赤成分と高彩度は文脈依存で複数の感情に関与)。一方で、青色は信頼や落ち着きを想起させる事例が多く、金融系UIでの採用が目立ちます(参考:Interaction Design Foundation 「UI Color Palette Guidelines for Finance and Medical」|2026|青色は信頼や落ち着きを想起させる事例が多い)。

ただし、「赤=怒り」「青=信頼」といった単純な一対一対応は過度な単純化です。色彩の効果は文化的背景やブランド文脈に依存するため、必ずユーザーテストで検証することをお勧めします。

形状

曲線は親しみやすさ、直線は信頼性や効率性を連想させる傾向があります。角丸のボタンが増えているのは、タップしやすさだけでなく、柔らかい印象を与える効果も狙っているのです。

質感

フラットデザインの流行を経て、近年は適度な影やグラデーションで質感を演出するトレンドが戻ってきています。画面上での「触れたくなる」感覚は、本能レベルに訴えかける重要な要素です。

本能レベルの簡易チェック(3点)

  • ファーストビューで伝えたい印象(信頼・親しみ・革新性など)が色彩と形状で表現されているか
  • 視覚的な複雑度が高すぎないか(情報過多になっていないか)
  • ブランドの世界観とUIのトーンが一致しているか

2-2 行動レベル(Behavioral):使用時の快・不快

行動レベル
行動レベルは、実際に製品を使っている最中の体験です。「操作していて気持ちいいか、ストレスを感じるか」がここで決まります。

ユーザビリティの多くはこのレベルに属しますが、エモーショナルデザインでは「快適さ」をさらに一歩進めて「楽しさ」「達成感」にまで高めることを目指します。

UIにおける行動レベルの要素

即時フィードバック

操作に対する反応速度は、感情体験に大きく影響します。業界資料によれば、Core Web VitalsのINP(Interaction to Next Paint)における「Good」の閾値は200ms以下とされています。大規模コマースでは、100msのレイテンシ削減が絶対収益の1%増加に貢献した事例も報告されています(参考:WearePresta「Performance First UX 2026」|2026|INPのGood閾値は200ms以下、100ms短縮で収益1%増)。

マイクロインタラクション

ボタンを押したときの微細なアニメーション、スワイプ時の触覚フィードバック——こうした小さな反応の積み重ねが、全体の操作感を形成します。Nielsen Norman Groupは、適切に設計されたマイクロインタラクションがシステム状態の可視化、エラー予防、ブランド表現に寄与すると述べています(参考:Nielsen Norman Group 「Microinteractions in User Experience」|2026|マイクロインタラクションはシステム状態の可視化、エラー予防、ブランド表現に寄与)。

可逆性(取り消し機能)

「失敗しても大丈夫」という安心感は、ユーザーの探索行動を促します。Undo機能が充実していると、ユーザーは恐れずに新機能を試すようになります。

達成の演出

プログレスバー、成功時のアニメーション、達成バッジ——これらは「やった!」という感情を増幅させる装置です。

行動レベルの簡易チェック(3点)

  • 主要な操作に対して即時かつ明確なフィードバックがあるか
  • 重要なアクション(送信・購入など)の完了時に達成感を演出しているか
  • 誤操作からの復帰が容易にできるか(Undo、確認ダイアログなど)

2-3 反省レベル(Reflective):使っている自分の物語

反省レベル
反省レベルは、製品を使っている自分自身についての内省です。「このサービスを使っている自分」をどう感じるか、という自己イメージの問題です。

これはブランディングと最も密接に関わる層であり、長期的なロイヤルティを生み出す源泉でもあります。

UIにおける反省レベルの要素

カスタマイズ・パーソナライズ

「自分だけのもの」という感覚は愛着を生みます。テーマカラーの変更、ダッシュボードのカスタマイズ、AIによるレコメンデーション——自分仕様になっていくほど、そのサービスは手放しにくくなります。

社会的証明

「○○人が利用中」「△△の認定を取得」といった表示は、自分の選択の正しさを確認させてくれます。コミュニティ機能で他のユーザーとつながれることも、所属感を高める効果があります。

ブランドストーリーとの接続

サービスの背景にある理念や物語と自分を重ね合わせることで、単なるツールから「自己表現の一部」へと昇華します。環境に配慮したサービスを選ぶことで「自分は環境意識の高い人間だ」と感じられる——これが反省レベルの働きです。

反省レベルの簡易チェック(3点)

  • ユーザーが「自分らしさ」を表現できるカスタマイズ機能があるか
  • サービスの価値観やストーリーが伝わる要素があるか
  • コミュニティや共有機能で「仲間」を感じられるか

2-4 3レベルの整合性設計

3つのレベルは独立しているようで、実は深く連動しています。

第一印象(本能)→ 操作体験(行動)→ 記憶・意味づけ(反省)

この流れを一貫した感情設計で貫くことが重要です。例えば、洗練されたビジュアル(本能)なのに操作がもたつく(行動)と、期待を裏切られた不快感が生まれます。逆に、最初は地味でも使うほど愛着が湧くサービスは、行動・反省レベルの設計が優れているといえるでしょう。これら3つのレベルの関係性と、それぞれに対応するUI要素を以下の図にまとめました。

また、アクセシビリティは感情設計の前提条件であることを忘れてはいけません。十分なコントラスト、読みやすいフォントサイズ、スクリーンリーダー対応——これらは障がいの有無にかかわらず、すべてのユーザーに「安心」を提供する本能レベルの基礎です。

感情マーケティングの基礎理論については「感情マーケティングとは?理論と実践で顧客の心を動かす方法」で詳しく解説しています。

エモーショナルデザインの実践パターン4領域

理論を理解したところで、実際のUIで感情設計を実装する4つの重要領域を見ていきましょう。本章で解説する4つの領域について、それぞれ目指すべき体験(良い例)と避けるべき体験(悪い例)を以下の表にまとめました。

スクロールできます
領域良い例(ユーザーに与える感情)悪い例(ユーザーに与える感情)
マイクロインタラクション状況が分かり、少し嬉しい(喜びうるさく、遅い(苛立ち
空状態(Empty State)次に何をすべきか分かり、ワクワクする(期待冷たく、何をすればいいか分からない(不安
エラーメッセージ緊張が緩和され、解決策が分かる(安堵状況が分からず、どうしようもない(絶望
ローディング体験待つ時間が価値に変わり、退屈しない(満足いつ終わるか分からず、長く感じる(不信
(参考:Metalab 「Slack | Product design case study」|2026|Slackの多数の楽しいインタラクション)、
(参考:Setproduct 「Empty State UI design: From zero to app engagement」」|2026|空状態の目的と期待指標)、
(参考:Nielsen Norman Group「Error-Message Guidelines」|2026|エラーメッセージ設計の主要方針)、
(参考:UX Design「Loading & progress indicators — UI Components series」|2026|待ち時間レンジに応じたUI指針) の情報を基に編集部作成

3-1 マイクロインタラクション

マイクロインタラクションとは、単一のタスクを中心とした小さな相互作用のことです。ボタンを押したときの微妙な色の変化、スワイプ完了時の軽い振動、データ保存時の控えめなアニメーション——こうした「小さな瞬間」の積み重ねが、サービス全体の印象を形作ります。

良い例と悪い例

良い例

Slackには「tons of delightful little interactions(多数の楽しい小さなインタラクション)」があります。ロゴのアニメーション、モーダルのスライド、GIFの表示など、これらは「ユーザーに状況を理解させ、少しの喜びを与える」ことを意図して設計されています(参考:Metalab 「Slack | Product design case study」|2026|Slackの多数の楽しいインタラクション)。

悪い例

すべての操作に派手なアニメーションをつけてしまうパターン。「うるさい」「遅い」と感じさせ、むしろストレスの原因になります。

実装のポイント

  • 即時性:反応は瞬時に。遅延は不安を生む
  • 節度:華美すぎない。ブランドトーンに合わせる
  • 一貫性:同じ操作には同じ反応を
  • 意味:「なんとなくかっこいい」ではなく、状態変化を伝える役割を持たせる

3-2 空状態(Empty State)

空状態とは、コンテンツが何もない状態の画面デザインです。初回ログイン時、検索結果ゼロ、受信トレイが空——こうした「何もない瞬間」は、実は感情設計の大きなチャンスです。

良い例と悪い例

良い例

Mailchimpは空状態でキャラクターとユーモラスなメッセージを表示し、「これから始める」ワクワク感を演出します。Slackの「All caught up!」(全部読んだ!)は、達成感を与えながら次のアクションを促します。

悪い例

「データがありません」という素っ気ないテキストだけ。冷たく、何をすればいいか分からない不安を感じさせます。

実装のポイント

空状態の設計では、以下の指標を意識することが推奨されています(参考:Setproduct 「Empty State UI design: From zero to app engagement」|2026|空状態の目的と期待指標)。

  • 次アクションの明示:「何をすればいいか」を具体的に示す
  • ポジティブなトーン:空であることをネガティブに感じさせない
  • ブランドの世界観:キャラクターやイラストで温かみを加える
  • 行動のハードルを下げる:最初の一歩を簡単にするCTAを配置

3-3 エラーメッセージ

エラーは避けられません。しかし、エラー体験をどう設計するかで、ユーザーの感情は大きく変わります。

良い例と悪い例

良い例

GitHubの404ページはパロディ調のデザインで緊張を緩和し、「ホームに戻る」「検索する」といった代替アクションを明確に示します。

悪い例

「Error 500: Internal Server Error」だけ表示される。ユーザーは何が起きたか分からず、どうすればいいかも分からない。不安と苛立ちだけが残ります。

実装のポイント

Nielsen Norman Groupは、エラーメッセージの設計方針として以下を挙げています(参考:Nielsen Norman Group「Error-Message Guidelines」|2026|エラーメッセージ設計の主要方針)。

  • 高い視認性:エラー発生箇所の近くに表示
  • 共感的で非難しないトーン:「入力が間違っています」ではなく「うまく認識できませんでした」
  • 具体的な回復手順:何をすれば解決できるかを明示
  • ユーザー入力の保持:せっかく入力した内容を消さない

ユーモアのある表現は注意が必要です。軽いエラー(404)ならユーモアが効果的ですが、重大なエラー(決済失敗など)では不適切に感じられることがあります。

3-4 ローディング体験

待ち時間は苛立ちの原因になりますが、設計次第で「許容できる」どころか「楽しい」体験に変えることができます。

良い例と悪い例

良い例

Slackは読み込み中に名言を表示し、待ち時間を「小さな学びの時間」に変えています。Duolingoはキャラクターのアニメーションで待機を楽しげに演出します。

悪い例

回り続ける無限のスピナー。いつ終わるか分からない不確実性が、体感時間を長く感じさせます。

実装のポイント

ある引用研究によれば、進捗バーを表示した条件では中央値の待機時間が22.6秒だったのに対し、非表示条件では9秒でした。つまり、進捗を可視化することで、ユーザーはより長く待てるようになるのです(参考:UX Design「Loading & progress indicators — UI Components series」|2026|進捗バー提示で待機許容時間が延びる可能性)。

待ち時間のレンジ別に適した対応は以下の通りです。

  • 1秒未満:何も表示しなくてよい
  • 1〜3秒:インデターミネイト(無限ループ)インジケーター
  • 3〜10秒:デターミネイト(進捗率表示)インジケーター
  • 10秒以上:進捗表示+代替情報や活動の提案

3-5 倫理と落とし穴:ダークパターンを回避する

東京工業大学の調査(2023年)では、日本のGoogle Playで人気の200アプリを分析し、アプリ当たり平均約3.9の欺瞞的デザイン要素が検出されました(参考:東京工業大学「日本のモバイルアプリにおけるダークパターン実態調査」|2023|日本の人気アプリに平均約3.9の欺瞞的デザイン要素)。

米連邦取引委員会(FTC)も2022年のスタッフレポートで、特にサブスクリプションにおける「負のオプション」や解約困難性を問題視し、透明な開示と容易な解約手続きの必要性を強調しています(参考:FTC Staff Report「Bringing Dark Patterns to Light」|2022|ダークパターンに対する執行強化と問題点)。


実際に、日本の消費者庁も2025年4月にダークパターンに関する調査報告書と啓発資料を公表しており、規制の在り方を検討する動きが本格化しています(参考:Sustainable Japan 「【日本】消費者庁、ダークパターンの事例イラスト集公表。大手60サイトで懸念発覚」|2025|消費者庁がダークパターンに関する資料を公表)。このデータから専門家として言えるのは、倫理的なデザインはもはや「推奨」ではなく「必須」の経営課題になったということです。ユーザーを欺くような設計は、将来的に法的なリスクに直結するだけでなく、ブランドの社会的信頼を根底から揺るがしかねません。

回避すべきパターン

  • 誤認を誘う表現
    「今すぐ!残りわずか!」(実際には在庫豊富)
  • 離脱困難な設計
    解約ボタンを極端に小さく、何階層も奥に配置
  • 羞恥心を煽るオプトアウト
    「いいえ、私はお金を無駄にしたいです」
  • 偽の緊急性
    常に表示されるカウントダウンタイマー

エモーショナルデザインは、ユーザーの利益になる感情体験を設計するものです。

【深掘りコラム】文化とエモーショナルデザイン:なぜ『かわいい』は世界で通用しないのか?

エモーショナルデザインをグローバルに展開する際、大きな壁となるのが「文化の差」です。例えば、日本では親しみを表現する「かわいい」キャラクターも、欧米では「子供っぽい」「プロフェッショナルでない」と受け取られることがあります。

色彩の解釈も同様です。西洋で「純粋」を意味する白が、一部の東洋文化圏では「死」や「不吉」を連想させることがあります。成功の象徴である「ガッツポーズ」のアニメーションも、文化によっては侮辱的なジェスチャーになり得ます。

優れたエモーショナルデザインとは、ターゲットユーザーの文化的背景を深く理解し、その文脈でポジティブな感情を喚起する設計のことです。翻訳ではなく「文化適応(カルチャライズ)」こそが、世界で愛されるサービスへの鍵となります。

業界別エモーショナルデザイン事例

理論とパターンを押さえたところで、業界別の実践事例を見ていきましょう。

(※本章で紹介する事例は、一般に公開されている情報に基づいた分析であり、特定の企業との提携関係を示すものではありません。)

4-1 EC・小売

ECにおいては「購買の不安を和らげ、期待を高める」感情設計が鍵になります。

Amazonの事例

ワンクリック購入の快適さ(行動レベル)、豊富なレビューによる安心感(反省レベル)、配達予定日の可視化による期待感。これらが複合的に「また使いたい」という感情を生み出しています。

ZOZOTOWNの事例

ビジュアル重視の商品表示(本能レベル)、お気に入り機能のコレクション的楽しさ(反省レベル)、試着サービスや返品の容易さによる安心感(行動レベル)。ファッションという自己表現領域において、反省レベルの設計が特に重要になっています。

4-2 金融・保険

金融サービスでは「不安の軽減」と「信頼感の醸成」が最優先です。

海外金融機関の事例

ある金融機関のUI/UX刷新事例では、親しみやすいカードデザインと直感的なUIにより、Google Play評価が2.8から4.7に上昇したと報告されています。プロジェクト期間は4〜6ヶ月、予算は5〜10万€程度でした(参考:popinsight.jp「金融機関UI/UX改善事例まとめ」|2026|ヨルダン銀行アプリ評価が2.8から4.7に上昇)。

金融アプリにおいて重要なのは、数字を見せるだけでなく「意味」を伝えることです。残高表示に加えて「先月より○○円増えました」と変化を示す、グラフで推移を可視化する——こうした工夫が安心感につながります。

4-3 ヘルスケア

健康管理アプリでは「継続のモチベーション」と「自己効力感」の設計が重要です。

Headspaceの事例

穏やかな色彩とイラスト(本能レベル)、瞑想の進捗バッジ(反省レベル)。ストレスを扱うサービスだからこそ、UI自体がリラックスを促すトーンで統一されています。

Nike Run Clubの事例

達成バッジ、パーソナライズされたコーチング、ランナーコミュニティとの接続。「走る自分」というアイデンティティを強化する反省レベルの設計が秀逸です。

国内ヘルスケアの事例

シニア向けアプリ開発では、年間200名以上のデプスインタビュー、のべ50件以上の競合調査を実施し、ニールセンのヒューリスティック評価で200点超の課題を抽出した事例があります(参考:ostance.com「ヘルスケアUI/UX改善事例」|2026|シニア向けアプリ開発における調査手法と規模)。ターゲットユーザーの感情を深く理解することが、効果的なエモーショナルデザインの出発点です。

顧客体験全体の感情設計については顧客体験 感情設計(記事No.60)(近日公開)で詳しく解説予定です。

導入プロセスと計測・運用

エモーショナルデザインは、一度導入して終わりではありません。以下の導入・改善サイクルが示すように、継続的な改善ループを回していくことが成功の鍵です。

5-1 導入ステップ

エモーショナルデザインを自社に導入する際の実践的なステップを紹介します。

  1. Step1:現状の感情監査
    まず、現在のUIを3つのレベル(本能・行動・反省)の視点で棚卸しします。各画面、各インタラクションが「どんな感情を生み出しているか」を客観的に評価するのです。後述のチェックシートをご活用ください。
  2. Step2:目標感情の設定
    ブランドとして「どんな感情を持ってもらいたいか」を明確にします。これはブランドのパーソナリティ設計と連動させる必要があります。「革新的でワクワクする」なのか、「堅実で安心できる」なのか——目指す感情ポジションによって、デザインの方向性は大きく変わります。
  3. Step3:重点領域の改善
    4つの領域(マイクロインタラクション、空状態、エラー、ローディング)から、最もインパクトの大きい箇所を選んで優先的に改善します。すべてを一度に変えようとせず、一点突破で成功体験を積むことが重要です。
  4. Step4:ユーザーテスト→感情KPIで改善ループ
    改善後は必ず効果を検証します。感情は測りにくいように思えますが、適切な指標を設定すれば定量・定性の両面から把握できます。

5-2 チーム体制と一貫性

エモーショナルデザインは、デザイナーだけの仕事ではありません。

ブランディングの基本理論では、統合マーケティングコミュニケーション(IMC)の考え方に基づき、すべてのタッチポイントで一貫した体験を提供することが重視されます。これをUI/UXに適用すると、以下のような体制が理想的です。

「感情ブリーフ」による統一

  • UXデザイナー:全体の体験設計
  • UIデザイナー:ビジュアルの実装
  • エンジニア:技術的な実現
  • コピーライター:言葉のトーン
  • マーケター:ブランド戦略との整合

これらのメンバーが「この機能ではユーザーにどんな感情を持ってもらいたいか」という感情ブリーフを共有することで、一貫した体験が生まれます。

また、UI/UXだけでなく、広告、SNS、カスタマーサポートまで含めたタッチポイント横断でトーン&マナーを統一することも重要です。

5-3 計測

「感情は測れない」というのは半分正解、半分誤解です。

ブランド評価の基本理論では、「経済的/消費者的」×「見える/見えない」の2軸4象限で評価指標を整理します。これを感情KPIに適用してみましょう。

定性的アプローチ

  • ユーザビリティテスト時の感情発話
    テスト中に「あ、いいね」「え、ちょっと待って」といった自然な発話をメモし、感情の起伏を記録します。
  • 喜怒表出の観察
    表情、姿勢、ため息、笑いなどの非言語情報も重要なデータです。
  • 自由記述のセンチメント分析
    アンケートの自由回答欄をテキストマイニングし、感情的なキーワードを抽出します。

定量的アプローチ

UEQ(User Experience Questionnaire)
公式ドキュメントによれば、UEQ標準版は26項目、短縮版UEQ-Sは8項目で構成され、7点セマンティック差分で評価します。完了時間の目安は3〜5分程度です(参考:UEQ+ Handbook v5 「Handbook for the modular extension of the User Experience Questionnaire」|2023|UEQ標準26項目、UEQ-S 8項目、完了目安3-5分)。

PANAS(Positive and Negative Affect Schedule)
20項目(ポジティブ10項目、ネガティブ10項目)の自己申告式質問票で、各項目を5段階評価します。「過去1週間」など評価期間を指定して使用します(参考:Watson D., Clark L. A. & Tellegen A. 「Positive and Negative Affect Schedule (PANAS-SF)」|1988|PANASは20項目、5段階評価、過去1週間評価)。

SAM(Self-Assessment Manikin)
非言語のピクトリアル評価で、pleasure(快)、arousal(覚醒)、dominance(支配)の3軸を測定するツールです。言語に依存しないため、国際的な調査にも適しています(参考:Millisecond 「Self Assessment Manikin (SAM)」|2026|SAMは非言語で快・覚醒・支配の3軸を測定)。

その他の定量指標

  • NPS(推奨度)
  • CES(顧客努力度)
  • 滞在時間、完了率、再訪率

代表的な定量的アプローチの特徴を以下の表に整理しました。目的に合わせて使い分けましょう。

スクロールできます
手法特徴評価項目数所要時間(目安)
UEQ-SUX全般を網羅的に評価する短縮版8項目3〜5分
PANASポジティブ・ネガティブ感情を測定20項目3〜5分
SAM非言語(絵)で快・覚醒・支配を測定3項目約2分
NPS顧客推奨度を測定1〜2項目1分未満
CES顧客努力度(タスクの容易さ)を測定1項目1分未満
(参考:UEQ+ Handbook v5 「Handbook for the modular extension of the User Experience Questionnaire」|2023|UEQ標準26項目、UEQ-S 8項目、完了目安3-5分)、
(参考:Watson D., Clark L. A. & Tellegen A. 「Positive and Negative Affect Schedule (PANAS-SF)」|1988|PANASは20項目、5段階評価、過去1週間評価)、
(参考:Millisecond 「Self Assessment Manikin (SAM)」|2026|SAMは非言語で快・覚醒・支配の3軸を測定)の情報を基に編集部作成

小規模でも回せるスプリント計測

大規模な調査が難しい場合は、以下の軽量アプローチがお勧めです。

  1. 週次5名ユーザーテスト:毎週5名の簡易テストを継続
  2. マイクロサーベイ:特定の機能使用後に1問だけ質問(例:「この機能はどうでしたか?😊😐😢」)
  3. 閾値設定:「この指標がこの水準を下回ったら優先対応」というルールを決めておく

詳しい効果測定の方法は「感情で選ばれるブランドへ:エモーショナルブランディングの基本と実践法」や顧客体験 感情設計(記事No.60)(近日公開)でも解説しています。

まとめ

要点整理

エモーショナルデザインは、「使いやすさ」の先にある「感情」を設計するアプローチです。

ドン・ノーマンの3レベル

  1. 本能レベル:第一印象(色彩・形状・質感)
  2. 行動レベル:操作体験(フィードバック・達成感・可逆性)
  3. 反省レベル:自己イメージ(カスタマイズ・社会的証明・ストーリー)

実践の4領域

マイクロインタラクション、空状態、エラーメッセージ、ローディング——この4つから手をつけることで、着実に改善を積み重ねられます。

倫理とアクセシビリティ

ダークパターンを排し、すべてのユーザーに安心を提供することが、エモーショナルデザインの前提条件です。

次のアクション

今日できること

  • 3レベル簡易監査を実施してみてください。自社のサービスを開き、「本能・行動・反省」それぞれのレベルで何を感じるか、メモを取るだけでも多くの気づきが得られます。

今週の目標

  • 4領域から1つ、優先改善ポイントを決めてデプロイしましょう。例えば空状態の改善なら、比較的小さな工数で着手できます。

今月の目標

  • 感情KPIを1つ導入し、A/Bテストで効果を検証してください。UEQ-S(8項目)なら、負担少なく始められます。

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FAQ

Q1:B2B向けのサービスでも、エモーショナルデザインは必要ですか?

A:必要です。

B2Bだからといって、意思決定者が「感情を持たない」わけではありません。むしろ、業務ツールこそ毎日使うものなので、小さなストレスや快適さの積み重ねが大きな影響を与えます。

「プロフェッショナルらしい信頼感」「使っていて誇らしい」という感情は、B2Bにおいても重要な差別化要素です。Slackがビジネスツールでありながら「楽しさ」を追求しているのは、好例といえるでしょう。

Q2:派手なアニメーションや演出は、ブランドイメージを損なう恐れがありますか?

A:過剰な演出は逆効果になることがあります。

エモーショナルデザインは「派手にすること」ではありません。ブランドのトーンに合った、適切な感情表現を設計することが重要です。

高級ブランドなら抑制の効いたエレガンスを、テック系スタートアップならエネルギッシュな動きを——目指す感情に合わせて演出の強度を調整してください。「ブランドらしさ」を損なうような演出は、むしろ感情体験を阻害します。

Q3:感情設計の効果をどうやって上司や経営層に説明すればいいですか?

A:「感情」を「行動」に翻訳して説明しましょう。

「ユーザーの感情が良くなる」という説明だけでは、ビジネスインパクトが伝わりにくいかもしれません。以下のように、感情が行動(≒ビジネス指標)につながることを示すと効果的です。

  • 「好き」という感情 → リピート率向上、LTV増加
  • 「安心」という感情 → 離脱率低下、コンバージョン向上
  • 「楽しい」という感情 → 滞在時間増加、UGC発生

また、前述の金融アプリの事例(評価2.8→4.7)のように、具体的な改善事例を示すことも説得力を高めます。まずは小さな改善でA/Bテストを行い、数値で効果を示すことから始めてみてください。

【実践ツール】感情監査チェックシート

以下のチェックシートを使って、自社UIの感情設計を評価してみてください。各項目を1点(全く当てはまらない)〜5点(非常によく当てはまる)で評価し、合計点とコメントで現状を把握しましょう。

本能レベル(第一印象)

  • ファーストビューで伝えたい印象(信頼・親しみ・革新性など)が色彩で表現されているか?(1-5点)
  • 形状(曲線/直線)がブランドトーンと合っているか?(1-5点)
  • 視覚的な複雑度が適切か(情報過多になっていないか)?(1-5点)
  • アクセシビリティ(コントラスト、フォントサイズ)が確保されているか?(1-5点)

コメント:

行動レベル(操作体験)

  • 主要な操作に即時フィードバックがあるか?(1-5点)
  • 重要アクションの完了時に達成感を演出しているか?(1-5点)
  • 誤操作からの復帰が容易か(Undo機能など)?(1-5点)
  • ローディング時に進捗が可視化されているか?(1-5点)
  • エラーメッセージが共感的で解決策を示しているか?(1-5点)

コメント:

反省レベル(自己イメージ)

  • ユーザーが「自分らしさ」を表現できるカスタマイズ機能があるか?(1-5点)
  • サービスの価値観やストーリーが伝わる要素があるか?(1-5点)
  • 社会的証明(利用者数、レビューなど)が適切に表示されているか?(1-5点)
  • コミュニティや共有機能で「仲間」を感じられるか?(1-5点)

コメント:

総合評価

  • 3レベル間で感情の一貫性があるか?(1-5点)
  • ダークパターンに該当する要素がないか?(1-5点)

合計点:
総合コメント:

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この記事を書いた人

当編集部は、世界的エンタメブランドでの実績を持つブランディング専門家の知見をもとに、実践的なブランドマネジメント情報を発信しています。

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